| かわいがるということ |
| 2006/10/30 |
| 以前病院に通っていたわんちゃんで「チビちゃん」という子がいました。 長い闘病生活の末、昨年天に召されてしまったのですが、最後まで飼い主さんの愛情を一身に浴び、わんちゃん冥利に尽きる最後をまっとうできた幸せな子でした。 中型の柴系雑種のわんちゃんで、神経症状と心不全、腎不全、腫瘍とたくさんの病気を持っていた子でした。 患者さんの中にはフィラリアなどの病気にかかり、末期の状態になると 「この犬は雑種だから、そんなに手をかけるつもりは・・・」などと心ないことを言う人もいますが、血統書つきの犬と混血の犬の命の尊さに差などあるはずはなく、よくもまあそんなみっともないセリフが堂々と口にできるなと呆れることも多々あります。 とはいえ、雑種の犬を軽んじる方もいるのは確かで、チビちゃんのように献身的に愛され続ける子は、どちらかというと稀なほうなのかもしれません。 チビちゃん自体は病院があまり好きではなかったようで、診察室に入ると、いつも外ばかり眺め、憂鬱そうな顔をしていましたが、飼い主さんはまめに病院へと足を運んでくれました。 飼い主さんの熱心な看病のかいあって、たくさんの病気を抱えていながらも、長い闘病生活を戦い続けてくれました。 それでもやはり最後は立つこともできなくなり、寝たきりの状態になってしまって、万策つき、飼い主さんに 「そろそろ厳しくなってきましたね。ここからは床ずれが起きたりと、さらに戦いが困難になっていくでしょう」と告げると 「じゃあ、もう仕事やめて、ついててあげた方が良いですよね?」 と、お母さんは、さも当然のように、言ってきました。 あまりにあっけらかんと言うので、逆にこっちが戸惑って 「いや、辞めるほどでもないとは思うんですが、朝、夕、晩にお薬飲ませてもらって、定期的に傷の消毒をしてもらえれば・・・」 と止めにかかったのを覚えています。 「そうなんですか?」と、意外そうに答えてその日はつれて帰ったのですが、次の日に病院に来たときには 「やっぱり、最後はついててあげたいんで、仕事辞めました」 と、やはりあっけらかんと言われました。 どんなお仕事なのかは聞いてませんが、どんなお仕事にせよ、そんなに簡単にわんちゃんのために仕事を辞められるものなのかと、びっくりしました。 でも、きっとそのお母さんにとっては、チビちゃんは本当に家族の一員で、少しでもまめに看病をしてあげられるよう、そして最後を少しでも一緒に過ごしてあげられるようと考えると、仕事を辞めることは苦でもなかったのでしょう。 傍目に見て、特別溺愛して、分離不安になるほどべったりな関係ではなかったと思います。 別にドッグフード以外のお菓子やジャーキーを貰ったり、人間の食べ物を貰ったりはしていませんでした。 一緒に寝ていたわけでも、高い服を買ってもらっていたわけでもなく、ごく普通に外で飼われていました。 しかし、本当にかわいがるというのはこういうことなのかもしれません。 かわいがるというのは、一緒のベッドで寝ることではなく、おやつや人間の食べ物を与えることでもなく、ケージに入れるのはかわいそうとかいうのでもなく、このお母さんのようなことを言うのかもしれません。 べたべたに甘やかすことをかわいがると勘違いしている人もいるようですが、こういう地味ーな愛情って、良いじゃないですか(仕事辞めてるんだから地味でもないですが)。 人間もそうですが、死というのは、映画やドラマのように美しいものではなく、汚かったり、臭かったり、つらかったり、目を背けたくなるものかもしれません。 つらい闘病生活を続けさせるのは不憫と、早々に治療や看病をやめる飼い主さんもいますし、それも愛情表現の一つだと思っています。 しかし、そのつらい死を直視し、最後までそばで関わり続けるのは、愛情があればこそとてもつらいはずで、また愛情がなければきっと耐えられないことでしょう。 お母さんが仕事を辞められてから、数週間ですが、お母さんと一緒のときを過ごし、天に召されていきました。 それはお母さんにとっても、チビちゃんにとっても大変な日々だったとは思いますが、とても幸せな終焉なのかもしれません。 チビちゃんが実際どのように考えていたかは、わたしにはわかりませんが、少なくともあんなに愛してくれる飼い主さんと出会えた幸せは、すべての動物たちが味わえるものではないでしょう。 |