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アレス動物医療センター

アポ不要の男

2022/10/13

 僕には心から信頼を寄せる仕事相手が3人います。
 これはうちの動物病院のスタッフではなく、他の動物病院の先生方とかでもなく、要は他業種の仕事相手です。
 この3人に関しては絶対の信頼をおいていますし、基本的には仕事の相談をしたときにはこの方々の意見を尊重するようにしています(自分の意見よりも)
 その分野に関しては僕よりもその3人のほうが正しい知識を持っているでしょうし、たとえその3人が判断を誤ることがあったとしても、僕が独断で選択するよりははるかに成功率が高いはずだと信じています。

 小さい動物病院の院長先生は、小さい会社のシャッチョサンでもあるので、経理に、人事に、銀行回りに、業者さんとの面談まで何でもやらなければいけないのです。
 それはもうなかなかの忙しさなのですが、いろんな会社の営業さんたちとのやり取りはぼちぼち大変です。
 何しろ銀行さんから、医療機器メーカー、製薬メイカー、ペットフードメーカー、卸業者、広告関連といろいろな業種の営業さんが次々とやってくるわけで、手術の合間などというと1日1件会うか、電話でお話しするのが精一杯です。
 ですので基本的にはすべて事前にアポを取っていただく形をとっており、遠路はるばるやってこられた方でもお会いできないことは多々あります。

 ただそんな限られた面談の中、いつでも基本アポなしで会うと決めているのが、その頼れる3人の男たちです。

 一人は熟練の医療機器メーカー、一人は開業以来お世話になっている卸業者の営業マン、そして最後の一人は今の動物病院を建てた現場監督です。

 今の病院を建てるにあたって、毎週火曜(僕の休日)、設計士さんと、現場監督、そして僕の3人は建設予定地に建てられたプレハブで会議を繰り返しました。
 昼から始まる会議は日によっては夜遅くまで続くこともあり、よくもまああんなやり取りを何回も何回も繰り返したなと思います。
 こちらは建てる側、お金を出す側ですから、それはもうどれだけ会議を繰り返しても、全然苦ではないですし、何ならめちゃめちゃ楽しい時間でしたが(当時まだ結婚してなかったので)、設計士さんと現場監督はよくもまあつきあってくれたものだと思います。

 ではそれが苦痛っぽいかというとそうでもなく、
 2階の居住区域のらんま(というほどのものでもない板)の木材はヒノキか杉かとか(僕的にはどちらでも良い)
 階段の壁の色は白がいいとか、いやここは思い切って赤にしてみては?とか(僕的には赤はちょっと厳しい)
 風除室前はインターロッキングブロックにするとか、いや階段はそれだとこけるとか(インターロッキングって何?)
 お風呂のシャワーホルダーは壁側か湯舟側かとか(それなんか使い勝手違うの?)
 それはもうあらゆるものに対して、微に入り細に入り現場監督と設計士さんがひたすら討論を繰り返しているのです(ちなみに設計士さんのことも心底信頼していますが)。
 
 建物が建った後も、トイレットペーパーホルダーの位置だったり、洗面所のタオルホルダーの位置だったりまあそれはもう細かくやり取りを繰り返しました。
 
 後になって知ったのですが、やたらとアール(曲線)が多い鉄筋コンクリートのこの病院を予算内で建てるのは地獄の苦しみがあったそうで、特にプリンカップ型のガラスでできた風除室(下から上に向けて広がっていく曲線の風除室)は難易度が異常に高かったらしく、一度作ってみたらうまくいかず、やり直す羽目になったそうです。
 僕は図面が読めませんので、設計士さんが考えた地獄の風除室がプリンカップ型だということも知らず、ましてやそのオシャレ図面で現場がどれほど疲弊していたかもまったくわかっていませんでした。

 それにしてもまあよく働く現場監督さんだ、仕事熱心な現場監督さんだとは常々思っていたのですが、ある時その現場監督の仕事ぶりに感動した瞬間がありました。

 新しい動物病院が完成し、明日から心機一転移転開業というとき
 僕はピカピカに仕上がった動物病院の完成に感無量となり、両親と晩御飯を食べに出かけました。
 ささやかな祝杯をファンタであげ、お腹いっぱいになって動物病院に戻ってくると誰もいないはずの動物病院に明かりがついていました。
 駐車場には1台も車が止まっておらず、作業はとっくに終わって作業員の人は誰もいないはず。
 そもそもこんな夜遅くに…と思って病院に入ると、現場監督が一人脚立に上って何かしているのです。
 
 さすがにちょっと驚いて
「どうされました?」と声をかけると
「この糊が気になって…」と

 前の動物病院で使っていた吊戸棚を、移転の時にもったいないからと新しい動物病院に移設してもらいました。
 前の病院ではその吊戸棚にキッチンタイマーを貼りつけていたのですが、移設の時に不要になり外したのです。
 そのタイマーを取り付けていた両面テープの糊が吊戸棚に残っていて、それを一生懸命取ってくれていたのです。
 
「いや、それくらい大丈夫ですよ。もう時間も遅いですし…」と伝えても
「でもせっかく明日心機一転、開院なのに…」と止める気配がありません。

 きゅーんってきましたね。
 『ほれてまうやろー!!』です。
 作業着姿のおっさんに即落ちです。

 そのあとも病院の改修工事だったり、何かしらの不具合だったりと、困ったときはいつも相談するのですが、現場監督というのはこんなに何でもできる人なのか、こんなに何でも一生懸命取り組んでくれるものなのかと感心しました。
今後も困ったことがあったら、何でも現場監督に相談するでしょう。
 現場監督がやったほうが良いという工事は基本何でも受け入れるでしょうし、やらないほうが良い施工はすべて従うつもりです。
 現場監督がもってくる見積もりは基本問答無用で信用します。
 現場監督が勤める会社は大きい会社なので、一社員である現場監督が納得していない見積もりを持ってくることももしかしたらあるかもしれませんが、基本的にはよほどのことがない限りは受け入れましょう。
 
 自分には不相応な大きさの動物病院を建てたので、おそらく新しい病院を建てることはないでしょうが、それでも現場監督との関係はずっと維持していきたいです。

 そしてふと思います。
 自分も飼い主さんからそのように信頼される獣医師になりたいと。

 先生がやるべきだという治療はやる。
 先生がやらないほうが良いという治療はやらない。
 困ったときはとりあえず先生に相談する。
 先生が受けもってくれたのなら、万一のことがあっても全力を尽くしてくれたと信じられる。
 
 そんな風に飼い主さんから信頼される獣医師になりたいです。
 
 まだまだ足りないものが多く、現場監督のようにはいかないけれど、そのようにありたいと思います。
 そしてそのような稀有な存在に出会えたことにとても感謝しています。

 今日もカーテンレールの滑りが悪いと、現場監督が病院に来ています。
 …現場監督って、あんなに働かなきゃいけないもんなんですかね(呼んでおいてなんですが)。 


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